[レビュー] 「高速道路計画におけるグラフィック・テクニックに関するスタディ」 5

アセンブリ言語で作られたプログラムから出力されたツリーダイアグラムが出来ました。それは大変よろしいのですが、どうやって使うんでしょうか。

そもそもその目的は問題を小さくグルーピングするためでした。小分けにした各ダイアグラムを統合する際に、アレグザンダーは以下に注意したと述べています。

  1. 高速道路を作るためにやってることを忘れないこと。それぞれの段階で、高速道路を成り立たせるためにどの側面に注目しているかを意識すること。

  2. それぞれのダイアグラムの重みづけは違うことを意識すること。

1.はなんかしっくり来ないなー。アレグザンダー結構ぼわぼわなんですよね。ここをもっと噛み砕くと、数枚のダイアグラムを重ね焼きするわけですが、その後、その絵に人間の解釈挟む必要があります。何故なら、実際にそうでもしないと、すぐ真っ黒になっちゃいます。黒くつぶれた値はルール上高速道路として望ましいエリアになるので、その値を補正しないといけないわけです。それを人間の目でやっています。今だったらフォトショでしょう。

2.は比較の難しさについての言及だと思います。合成する際に、片方のダイアグラムを 100倍重みづけしたら、もう片方の影響は相対的にすごく低いでしょう。100:1を与える理論もなければ、逆に1:1と等価に扱う理由にもなりません。重みづけのさじ加減として処理出来ちゃったら、それは今までのロバーツの方法と一緒って事ですね。それを乗り越えるために、ゲシュタルト心理学1を持ち出してます。2つまるが近くにあれば、ひとまとめに見えるし、長方形が重なっていれば、はしごに見えるよねと言っています。再現性と言われると謎ですが、地味に聞いてくるんです。アレグザンダー本人はその後のまとめで別々の要素を比較検討する場合、1から10まで全ての過程をコンピュータに置き換える事は当時の演算能力では不可能だと言っています。そこで、何も隠さずピュアに人間の目と脳みそを使いましょうと言っています。もちろん、それ以前に脳みそと目は使ってきましたが、彼が言いたいのは、我々の視力は、パターンをあぶり出すのに長けているため、その機能が最大限発揮できる箇所に使ったと結論づけています。

んで、本当に紆余曲折へて出来たのがこれ。

最終形の講評は無し(笑

この論文を通して、アレグザンダーそのものは結構血の通った人間で、俗にアレグザンダー後期と称されるぼわぼわスピリチャル期は最初から持ち合わせていた性格だったのかなと考えます。ノートだって実は「粘り気」みたいな結構抽象的で解釈の幅がある語彙を使っているのですが、そのレポートではそれが結構強調されています。彼がいうコンピュータの演算量の向上によってパターン認識能力が上がったのか、昨今のディープラーニング及び諸テクニックがそれに相当するかは検証が必要でしょう。ですが、この時代ですでに人間とコンピュータの適材適所説を26才で堂々と論じてるのはやっぱりすごいですよね。

レビュー自体はこれで終わりですが、この後、『ノート』の後にライオネルマーチの批評を少し紹介して、実はデジタルデザイン前史の紹介にちょうどいいのでもう一二回続けます。


  1. 心理学の専門でもなんでもないので、完全な門外漢ですが、どうやらこの学問はこの学問で、コンピュータのユーザーインターフェース論の祖先らしいですね。 [return]